肩腱板断裂・損傷とは
肩腱板とは
「肩腱板」とは、肩と腕をつなぐ筋組織のことです。
棘上筋(きょくじょうきん)、棘下筋(きょくかきん)、小円筋(しょうえんきん)、肩甲下筋(けんこうかきん)の4つから構成されます。このように4つの組織で成り立っていますが、1つの板に見えることから総称で「肩腱板」と呼ばれます。(*1)
肩腱板は、肩甲骨(けんこうこつ)と上腕骨を繋ぎ、腕を挙げ下げするときに働きます。上腕の先端にあるボール状の骨が肩甲骨の関節窩(かんせつか)という関節のくぼみとずれることを防ぎ、肩関節を安定させる役割もあります。
肩腱板断裂・損傷とは
概要
肩腱板断裂・損傷とは名前のごとく、上述した肩腱板が断裂したり損傷することを指します。
この肩腱板断裂・損傷は40〜50歳代から見られるようになり、60歳代の方に多く、特に男性の右肩に多く生じるという報告があります。
肩腱板が断裂・損傷することは、肩関節の安定装置として働くインナーマッスルが切れたり損傷することを意味します。よって、力をうまく腕に伝えることができなくなり、腕を上げる際に痛みが出たり、最終的には腕を上げることができなくなるなどします。症状や断裂の程度は時間とともに進行すると言われています。
肩腱板の断裂している範囲が小さい場合(損傷)は第一選択として薬剤投与やリハビリを併用した保存療法となりますが、断裂している範囲が広い場合や完全に断裂している場合は手術を行うこともあります。
ただし、加齢などを主な原因として損傷の積み重ねによる「変性」が進むと、切れた肩腱板をもとの正常な位置まで引っ張り出せず、縫うことすら困難となることがあります。「そのうち治るだろう」と経過を見ていると、断裂の大きさや変性が進行し、状態が悪くなった時には治療経過が良くないことが考えられますので、なるべく早めに整形外科を受診されたほうがよいでしょう
症状
肩腱板断裂・損傷の特徴的な症状は下記になります。
-
-
- 腕を上げるときに対側の手で支えれば上がるが、自力では上げることができない。
- 腕を上げた状態を維持できない。
- じっとしていても肩周りがズキズキする。
- 夜間、寝ている時に肩周りがズキズキして目が覚める。
- 腕を上げる時にジャリジャリときしむような音がする(音のする感覚がある)。
- 腕を動かすと痛い。
-
これらの症状を感じたら肩腱板断裂・損傷の可能性がありますので、整形外科を受診されることをお勧めします。
「四十肩・五十肩(肩関節周囲炎)」との違い
肩腱板断裂・損傷は、これまでご説明してきたような症状から、「四十肩・五十肩(肩関節周囲炎)」との類似点が多いと言えます。症状的な違いは「”拘縮”があるかないか」だと言えます。
まず、「四十肩・五十肩(肩関節周囲炎)」では”拘縮”が見られることが特徴です。一定の角度以上に腕を上げることができず、他人の力を借りても凍ったように腕が上がらないことが特徴です(もちろん個人差はあります)。
これに対し、「肩腱板断裂・損傷」においては”拘縮”はあまり見られず、腕を上げる事自体はできるが痛い、自力では一定角度以上に腕を上げられないが他人の力を借りれば上げられる、といった症状を呈する場合が多いです(個人差はあります)。
とはいえ、症状というのは筋力や筋腱の柔軟性など様々な要因により個人差が大きいのが実情です。よって正確な鑑別のためには専門家、つまり整形外科医による診断が必要です。いずれの症状の場合でも、まずは整形外科を受診の上、必要に応じてレントゲン検査やMRI検査などを受けることではっきりさせることができます。
肩腱板断裂・損傷の検査
ここではご自身でもできる肩腱板断裂・損傷かどうかを確認できるテスト方法をご紹介します。
Drop Arm Test(ドロップアームテスト)
〈陰性〉腕を挙げた状態で保持できる。
〈陽性〉腕を挙げた状態で保持できず、腕が下がってくる。
Hornblower Test(ホーンブローワーテスト)
〈陰性〉顔に手を持っていくことが出来る。
〈陽性〉顔に手を持って行こうとすると、脇が開いてしまう。
これらで肩腱板断裂・損傷の可能性があると思った場合はぜひ整形外科に受診され、レントゲン検査やMRI検査などのより詳しい検査を受け、きちんとした診断をもらうと良いでしょう。
肩腱板断裂・損傷の原因
肩腱板断裂・損傷の原因は「急性断裂」と「変性断裂」の二つに分かれます。
急性断裂
転倒や落下、重たいものを持った際の負傷など、肩への急激な負荷で肩腱板が切れてしまうことを急性断裂といいます。原因が明らかな場合が多いです。
急性断裂の特徴としては可動域制限(腕の上げ下げできる角度の制限)や疼痛が急速に発生することが挙げられます。
変性断裂
主に加齢による変化(長年の損傷の蓄積)で腱板が徐々にすり減り、切れることを変性断裂といいます。
また、スポーツやお仕事で肩を多用すること(オーバーユース)によっても断裂する場合があります。
特徴は、可動域制限や疼痛が徐々に進行していくことです。
肩腱板断裂・損傷に対する治療
肩腱板断裂・損傷に対する治療は、外科的な方法によらない「保存療法」と、患部を切開し直接患部の治療を試みる「手術療法」の2つに大別されます。それぞれどのような治療があるのかをご紹介いたします。
ただし、肩腱板断裂・損傷が保存療法によって解決する、という可能性は殆どありません。もちろん手術を行ったからといって確実に肩腱板の問題が解消される保証もありませんが、肩腱板の断裂の場合、自然に断裂部がくっついたり元に戻ることはないため、基本的には手術で結び直す、などの治療が必要とされています。
保存療法
薬物療法
痛み止めや湿布などの外用薬を処方する治療となります。肩腱板断裂・損傷においては、おもに急性期の痛み・炎症を抑える目的で行われます。痛み自体は改善する可能性がありますが、先述の通り、腱板を元に戻すことは見込めません。
肩腱板断裂・損傷により、あまりに痛みが強く、夜も眠れないなどの場合にはステロイドという強力な鎮痛作用のある薬剤を肩に注射する場合もあります。ただしステロイドは頻繁に打つと逆に周辺の体組織を脆くするという副作用がありますので頻回に使用できません。
運動療法(リハビリテーション)
肩腱板にこれ以上の負荷がかかることを避けるため、協調運動訓練というものを行う場合があります。これは肩周囲の筋肉を鍛えると同時に、他の筋肉を使って肩の動かし方を訓練することで、腱板に負荷がこれ以上かかることを避ける、という取り組みになります。
これら保存療法は、お伝えしたとおり、断裂・損傷した肩腱板を元に戻すことは難しいと言えます。ですが、肩腱板断裂・損傷により、肩の動作の制限や多少の痛みがあっても日常生活が送れれば良い、という方は手術に進まず、これらの保存療法で経過を見る、というケースもあります。
ここからは手術についてご紹介します。
手術療法
肩腱板断裂・損傷の手術は、ちぎれた肩腱板を縫い合わせたり、肩の骨から剥がれている腱板をアンカーと呼ばれる人工骨という素材の杭(くい)で肩に固定するなどし、肩腱板断裂・損傷の修復を目指すものです。
方法は2通りあり、ひとつは関節鏡と呼ばれる関節用の内視鏡を使用する方法で、関節鏡視下腱板修復術といいます。関節用の内視鏡を用いて、小さな穴を体に開けて手術を行う、という、肩を大きく切開しなくて済む方法であり、患者さんの身体への負担が少なく済みます。
もうひとつの方法は肩を切開し、医師が直に肩腱板の状態を確認し、縫合したり腱板を肩に固定する施術を行う方法です。主に肩腱板の断裂や損傷の度合いが著しい場合などに選択されます。
肩腱板断裂・損傷に対する当院での取り組み
上記記載の症状に応じて、一人一人に合わせたオーダーメイドの治療を行います。
当院ではリハビリテーションに力を入れており、国家資格を取得した理学療法士も常駐していますので、痛みの強い時期(急性期)は物理療法を施します。
ただし、当院では手術に対応しておりません。検査の結果、肩腱板の断裂が深刻で手術が必要と判断される場合には提携している手術が可能な医療機関をご紹介させていただきます。
※脚注
*1…皆川 洋至, 井樋 栄二, 佐藤 毅, 今野 則和, 本郷 道生, 佐藤 光三「腱板を構成する筋の筋内腱 -筋外腱移行形態について-」肩関節 1996 年 20 巻 1 号 p. 103-109